
XXXLDKオーナーのKAZUYAと出会ったのは半年ほど前だった。彼が発信していた「#あの日着たストリートウェア」というハッシュタグに反応したのが私だった。70年代後半生まれの私。80年代前半生まれのKAZUYA。年齢が近かったこともあり当時のストリートカルチャーについて話をしていると、別の場所ではあるが同じシーンで互いに活動していたことがわかり大いに盛り上がった。
- KAZUYA → GOTHAM(ゴッサム)
- 私 → MACKDADDY(マックダディー)
この二人が盛り上がらないわけがない!
現在の私から想像すると なかなか「ストリートウェア」からは程遠いと思われるかもしれない。「なぐもあかり」と「ストリートウェア」の関わりについて興味を持たれた方はぜひ最後まで読んでほしい。
私が過去に働いていた MACKDADDY についてもみんなに知ってもらえたら嬉しい。
カリスマショップ店員に憧れて


90年代から00年代にかけて「カリスマショップ店員」という言葉が出始めた。学生時代、原宿・渋谷のど真ん中という最高な立地条件のデザイン専門学校へ通いつつ、学校ではスペースデザインを学びながらも「ファッション業界への憧れ」は強かった。
ヘア雑誌のモデルや読者モデルをやりつつ、アパレル業界への道を模索していた学生時代。音楽、ファッションに明け暮れバイト代はすべてそれらへ消えてゆく。
専門学校卒業後、建築事務所へ就職するもファッション業界への憧れは捨てきれず…そこで1番リスペクトしていた大好きなブランド MACKDADDY(マックダディー)への応募を決意。当時の MACKDADDY といえば00年代のストリートシーンを席巻した“恵比寿系”と呼ばれるムーブメントの立役者的存在のブランドである。
毎週末ショップへ。毎週末行っているのに小さな店の前は大行列である。流石人気店舗。なかなかスタッフは募集されない…
そんな中『スタッフ募集』の張り紙を見つけた時は大興奮した。私にとっては大きなチャンスであった。
応募から数ヶ月。待てど暮らせど連絡は無く半ば諦めにも近い気持ちで日常を送っていた。そんな中、一本の電話が。

「書類選考を通過したので2次面接をお願いします」
との連絡だった。この時すでに応募から3ヶ月以上が経過していたのだ。入社後に聞いた話によると履歴書の数は100通を超えていたとのこと…(200通だったかな)
2次面接も無事に通過し、最終面接は憧れの日下部さんとだった。大好きなマックダディーのデザイナー。そして音楽シーンにおいても LONDON NITE (ロンドンナイト)やら何やら…もう憧れでいっぱいの存在だった。事前に話すことを決めて面接に挑んだものの、最終的には Vivienne Westwood(ヴィヴィアンウエストウッド)とパンクの話ですごく盛り上がってしまったことは今でも鮮明に覚えている。
高校生の頃は ただただ憧れていた世界。これだけの戦いを勝ち抜いて(笑)足を踏み入れた「ストリートファッション」の世界。音楽・ファッション・アート。どっぷりとストリートカルチャーに浸った20代。
今の私を作ってくれたのは恩師である MACKDADDY 日下部さんの影響を大きく受けたのは確かである。近くで『本物』を見せてもらった。女性が女性らしくあること、いつでも綺麗な靴を履きなさいと。見る目を養う場が多くあったのも MACKDADDY にいたからこそである。
「なぐもあかりにとってのセンスの良さとは何か」と問われたら私は迷わず MACKDADDY 時代の影響が大きいと答えると思う。
これは現在の私から出てくるデザインイメージにも繋がっている。
XXXLDKとのコラボレーション

KAZUYA & MARIKA のそれぞれの人間性・背景へのリスペクトもあるが、デザイン面でも一目惚れした。
シンプルなロゴに迷いが無かった。
戸田市で『制服みたいにみんなで着たら楽しいじゃん!』シンプルにそう思ってのコラボ企画。
『本物』を手に取って体感してもらえたら嬉しい。











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